東京オリンピック・パラリンピック招致のため、

2013年佐藤真海氏は素晴らしいスピーチをしました。

滝川クリステル氏の「おもてなし」もさることながら、

佐藤真海氏のスピーチも大きな反響がありました。

 

 

佐藤真海氏

『とぶ!夢に向かって』

19歳のときに骨肉腫を発症し右足膝下を切断、辛い闘病生活の中で生きる意味を問い続け、
さまざまな困難を乗り越え、北京パラリンピック陸上競技・走り幅跳び日本代表に選ばれるまでの道のり、
そして今も新たな挑戦に向かっています

ロンドンのパラリンピックで自己新記録を叩きだした佐藤真海氏。
その半生を綴った作品です。

5歳の時に水泳に出会い、「気持ちで負けない強い選手になれ。」
とコーチに言われながら、12歳まで続けました。
その後、中学生になり、陸上部に入部し、文武両道を目指します
長距離を専門とし、学校対抗の駅伝にも出場しました
大学生になってからは憧れのチアリーディングを始めます。

順風満帆だった青春時代。
そんな佐藤氏が災難に襲われます。
右足首の骨が溶けていたのです。
骨肉腫という悪性のガンで生死にも関わる病気です。
辛い抗ガン剤による治療と、右足首の切断を決断いたします。

無事に手術が終了し、たくさんの励ましが両親・友達から届き、生きる勇気をもらいます。
「生きるということは、ただ時間を過ごすだけではなく、毎日目的を持って過ごすこと。
せっかくの与えられた命、大切に、輝かせなくっちゃ。」
と佐藤氏は綴っています。

その後はパラリンピックを目指し、辛いリハビリと練習を繰り返します。
念願の出場が決まったとき、本人が想像もしていなかったほどの応援・声援が耳に届きます。
自身の我慢・努力・苦労、全てが報われた瞬間でした。

その時同時に、
「日本の人たちに、生でパラリンピックを見てほしい!子供たちにも是非見てほしい!
わたしが感じたように、きっと心を揺さぶられる人たちがいるはず。
救われる人がいるはず。すごくカッコいいから。」
と、更に目標を掲げ、立ち止まってはいけないとチャレンジを進めます。
この目標が、東京オリンピック招致活動に繋がり、素晴らしいスピーチをすることができたのだと感じました。

佐藤氏は「限界のふた」を外すことを推奨しています。
これ以上できないかも、と思うことを「限界にふた」をする、と呼んでいます。
無理だと思ったときでも、必ず目標を持っていることが大切で、どんな目標でもいいので自分で目標を見つけることの素晴らしさを説いています。
誰かに言われた目標ではなく、自分で決めた目標なのです。

「限界のふた」を外そう!と佐藤真海氏は、未来ある子供たち、
いや、世界中の人たちにこれからも伝えていきます

 

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